世直し対談
ゲスト
紀里谷和明(きりやかずあき)
1968年生れ


熊本県生まれ。83年渡米、NYをベースにフォトグラファーとして活動。99年東京に戻り、宇多田ヒカル、大黒摩季、MISIA、ザザンオールスターズ、もちろん浜崎貴司などのCDジャケットやPVを手掛ける一方、資生堂、カネボウなどの広告など、幅広い活動をしている。
改行RETURN
浜:カズさんは中卒ですよね、日本で言うと。
和:そうです。中学中退です。
浜:敢えて生い立ちを詳しく聞きたいんですけど…。
中学2年くらいでアメリカに行ったんですよね。
それは何故ですか?
和:日本の学校教育に対して不満があったというのはもちろんのことなんだけど、学校教育自体が、自分が日本人であるということを否定する…と言うか良くない事だというような教育をやっていたから、そういうふうにしかなれなかった。
チョイスがなかったって言うのかな。
浜:アメリカに行くしかなかった、と。
和:そうそうそう。今はしょって考えるとね。
浜:それは、中学1、2年の時に自分でそう感じてたの?
和:そう。小学校の頃から思ってたし、メディアや教育が、日本にあるものは全て西洋の亜流でしかないというようなことを言っているわけですよ。
テレビをつければ白人の女性が出ていてキレイだっていうそういうもの、音楽だって何だってそういうもの。
かと言って日本のこと、もしくは日本人や日本の国歌だとか国旗だとか言い出すといきなり最悪な、悪者呼ばわりされちゃうって言う感じ。
そしてそれはまあ実際問題そうでしょう。
それが出来るかどうかっていうのは本人の意志や環境や金銭的な問題が関わってくると思うんだけど、今の日本の教育だったら自然にみんなそうなるしかチョイスがないと思う。
浜:具体的に学校の中でどういうエピソードがあってそういう感想を抱くようになったの?
和:例えば自分が書いた、学校教育についての作文を書き直せ、とかね。
浜:小学生で書いたの?ませてたねえ、ほんと。
それでそれを良くないとか言われたの?
和:言われて、消しゴムで消させられて書き直しさせられましたよ。それで先生に暴力もふるわれたし。
でも暴力自体は関係無いにしても、その不条理さ、理に叶わない部分を暴力で解決しようとする感じはね…
浜:消しゴムで消させるのも暴力だしね。
和:だから、その当時から見え見えなわけですよ。
学校に、教師達に能力が無いって。
人間的な魅力も無いし、才能も無い。何も無いただのサラリーマン。
もちろんサラリーマンが悪いわけじゃないけども。
浜:教育者としての憧れを感じられなかった、と。
和:そうそう。何かを教わろう、という気分になれない人達。
浜:アメリカに行ったのは、中学後半から?
和:中学2年の終業式が終わって15歳になった次の日から。
浜:で、向こうに行ってどういうことを感じたの?
同じく学校みたいなシステムの中には入っていくわけだけど、大きく違いましたか?
和:学校というシステム自体には、自分が求めていた崇高さのようなものは無かったけど、やっぱりそのバックボーンになっているものの違いはすごく感じましたね。
自分が存在することが許される、それが正しいことなんだっていう解釈。それは自分にとってすごく新鮮だった。国歌とか、アメリカ人がアメリカ人であることをすごく誇らしげに思う感じ…
浜:小学生の時にも、日本がどうのって話しをしたんですけど要するに個人の可能性がこのままだと押しつぶされそうな感じがする、というような。
和:そうだね。結果的に気付いたんだけど、最高のものを手に入れるには、日本ではいけないっていうか。
それは今だってあるわけじゃないですか。
野球だってサッカーだって世界に出るためには…・・みたいな概念が常につきまとっている。
それは例えば資本主義をベースにした社会システムが成り立っている中で、権力っていうか力・…まあお金ですよね。
お金がある者が上であるという構造が出来上がっちゃってるからそんな考え方が生まれてくる。少なくとも僕はそうだったし、父親がガチガチの資本主義だったから、親の教育としても「お金が全て」みたいなところはちょっとあった。
浜:日本にいた頃の閉塞感というのが、違うな、と思えた具体的な瞬間というのはありましたか?
和:結局、最終的に出た結論っていうのがさ、いろんな判断を下す価値観というのがあるじゃないですか、それさえも植え付けられているって言う感じ。
例えばアメリカは自由の国であるっていう概念がPR的に世界中に流れている訳じゃないですか、自由な国家、陽気な国家と。
でもそれはただのPRというかプロパガンダの部分が大きかったりするのを目の当たりにする感じがあったんで、結局そんなに大差無いって感じ。
確かにすごく自分が変わったし、色んなものを見たし、色んな経験も出来たんだけど、果たしてそれが何をもたらしたかって言うと、そこまで自分が求めていた素晴らしいもの、理想郷のようなものではないということですよね。でも確実に日本人の中には、西洋が理想郷であるというような考え方が根本にありますよね。
浜:前に聞いたんですけど、高校生の頃に、ビジュアル系のはしりみたいなことをアメリカでやっていたとか?
和:ああ、はい。
浜:学校にバリバリにメイクして通ってたと・・…
和:そういうのって、今自分で考えてみると・…自分がスタンダードじゃない状況な訳じゃないですか、アメリカに行くと。スタンダードにはなり得ない…・
浜:日本人である、ということですよね。
和:スタンダードになれないし、極端な話、アメリカで大統領になれない。それが絶対的に付きまとうわけ。
そこら辺でどうするかっていうので極端なアイデンティティーに走っちゃうというか。
俺の友達とかみんなどこかスタンダードになれないような人間・…
アメリカ人でも疎外されていたりとか。
浜:黒人だったりとか…
和:あと白人でも、極端な家庭環境で育ったとかそういう部分から、絶対的に普通の生活になれない人達。
俺は内面にそう言う部分があったし、それプラス、意識的に違う民族・国家なんだっていうのがベースにありましたよね。
自分では否定してたけど。
浜:それである種マイノリティーでガーッといくわけじゃないですか。
メイクしたり髪の毛を立てたりして。
そういうことをやると周りの反応はどうだった?
和:結局、民主主義になっちゃうというか…周りが閉塞的な環境であればすごい圧力 がかかるよね、そこで。
もちろん、それに対しても暴力はあったし。
暴力っていってもこちらでいうところの袋叩きにされるとかいう程度じゃなくて。
浜:レベルが違うんだ。生き死に入っちゃうみたいな?
和:そう。でも環境がそれを許せば何も問題は無いわけで。
浜:でもあったわけでしょ?そう言う危険は。
和:もちろんありましたよ、ボストンに住んでいた頃は。
高校が全米1位のアートスクールで芸術に対してすごく力を入れてる所だったから、いわゆる問題児っていうのが多くてそういう理解はすごくあったんだけど、一歩外に出ると、そこにはボストンという極めて閉塞的な街があって。
その中ではそういう恐怖はありました
浜:あ、じゃあ学校の中では割とOKなところはあったんだ。
和:後ではね。最初はそうじゃなかったから色んな学校を転々としたんだけど。
浜:そうなの!?…それはやっぱり、かなり自分というものを本当に見つめる・…
和:そうですね。まあそういう年齢だから、そういうことは何処の国のどんな人でも    やるんだろうけど。
浜:うん・…。でも分かり易いよね、カズのは
和:親もいない状況で、国家と言うか、生まれてきた権利みたいなものがどこかで否定されている状態でずっと生活しているって、何が本当のことなのかを常に考えて生きていかなきゃいけないっていうか・…。
人間だからとか日本人だからこうっていう保証があるとはいっても、頭の中のどこかでやっぱり無いわけ。
誰も助けてはくれない、みたいなところは強迫観念としてあるんですよ。
常にそれを持ちながら育っていって、生きていく。・…あ、俺、生活様式とか言葉とかじゃないところで 「あなた外人みたいだね」ってすごく仲の良い友達に言われたことがあって、
浜:アメリカ人の友達?
和:そう。だからその辺は、僕個人のそういうものなのかもしれないけど。
浜:気張らねばならない、みたいなこと?
和:そう。
浜:ここが居場所じゃないかもしれない、と?
和:そう。安息が無い、みたいなさ。で、大学行って・…
浜:ニューヨークで。写真の勉強?
和:いや、最初は建築をやりました。
大学1年はいわゆるファウンデーションというプログラムで、デッサンとか色の構造とか一通りやらされてるんだけど、そこら辺も全部高校の時にやってたからあんまり意味は無いという感じで。
本当は絵描きになりたかったんだけどそういう部分を1年のときに見ちゃったもんだから、それとは全く違う、数学的というか物理的な世界に惹かれていって。
浜:建築ね。
和:そう。でもそれは間違いでしたね(笑)。そこから僕の人生が大きく崩れていった(笑)
浜:(笑)カズの20代っていうのはかなり波乱万丈なんだけど、その大学を卒業したら何してたの?
和:卒業しなかった。大学を中退。2年で辞めて、会社を作りました。デザイン会社を。
浜:会社!?
和:はい。でもすぐに失敗しました。それから放浪の時期があってヨーロッパに住んだ りアフリカに行ったり。
アフリカって言ってもモロッコだけなんだけど。
そういう時期が数年続いてました。
浜:なんか家具扱ったりしてたじゃない?
和:それはちょうど日本がバブルの頃で・…80年代前半ですね。
その時にアンティークの物を向こうで買って、日本人に高値で売りつけてました(笑)。
浜:(笑)。それがその時なのか。
和:そう。でもヒッチハイクとかではなくて、極めて優雅な生活をしておりました(笑)。
浜:その辺がまたカズっぽいんだけどさ(笑)。決して貧乏な臭いはしないんだよね。
それで20代が終わるにつれて…・まあ30歳くらいから俺なんかと会うようになって。
その頃まだニューヨークにいましたよね。でもカメラマンの仕事はぼちぼち始まってたんでしょ?
和:そうです。まあこれはよく言ってるんだけど、案外成り行きでカメラマンになっちゃって、それでズルズルズルズルと今に至るまで続けているんですが・…はい。
浜:今年?去年か、日本に帰ってきたのは。
和:去年、家を借りました。
浜:それで東京では、超売れっ子カメラマンなんですけど、まず写真家として、今、自分がさっきまで話してきたような人生をくぐり抜けてきて、表現したいことって一体何なの?
和:今やってる仕事っていうのは極めてシニカルに冷淡に考えてますね。どこかで仕事って割り切っている部分があって、作っているものも、全然自分がやりたい事ではないっていうか、極めて数学に近い感じで物事が進んでいる感じがすごくする。
浜:でも作品には立派なオリジナリティがあるし、自分の中ではこうすべきだ!っていうものがあってそれが今は写真というフィールドの中に納まっているけど、ゆくゆくは何かを表現して行きたいという状態においてもう多分共通して目指しているものがあるんじゃないかっていうのが写真からもすごく伝わってくるんだけど、その辺は一体どうなの?何をやりたいと思ってるの?
和:常に考えてるけど、最近またよく考えることがあって。変な話になるけど…・。
時間と言う概念があるじゃないですか、それに対しての憤りみたいなものをすごく感じるんですよ。
それはどういうことかって言うと、概念というものは残っていかない…・っていうか、形として何を残すかということなんだけど、結局それって形じゃなくてその考え、そういう形にならないものを残そうとしてるわけじゃない ですか、僕達って。
そこの部分での欲求も衝動もあるんだけど、結局それが形になってないという感じはすごくしますね。まあ形に成り得ないのかもしれないけど。
永遠にその欲求不満を抱えて生きているというか・・…それはある。
浜:心に残しておきたい、みたいなことなんでしょ?
和:「感動」という部分がさ、僕の作るものからは感じられない、っていうのはありますね。
浜:じゃあちょっと視点を変えて…・アメリカ暮らしで自分自身が日本人であるということを痛烈に認識する時期をくぐり抜けて日本に戻ってきて何を思う?アメリカで日本人として・…ある種看板背負わなきゃいけなかったところも色々あると思うんですよ。
で、帰ってきていろいろ憤りを感じたりしない?
和:どうしてこんなに惨めなのかな、とは思いますよね。「生きる」と言うよりも「生き残り」っていうところがキーワードになってるというか。
生まれて来たから楽しく過ごそうっていうよりも、生きて来たから生きていようっていうか・…。
色んな業種も人も見ててそう思うんだけど、結局は生き残ることが大前提みたいな。
俺がやってる雑誌とかもみんなそうなんですよ。
リスクを負わない、負いたくない。
何故ならば生き残らなければいけないっていうところ。
そこら辺がなんか非常に惨めな感じ。
浜:要するに「生きる」という強さが無い、ってこと?
和:うん。それをあんまり感じられない。
もちろん感じる人もいるけれども、結局のところがその辺のことになってると、すごく思っちゃう。
浜:「攻め」が無い、足りないと言うこと?
和:そういう言い方をすればそういうことだよね。
なんで生まれて来たのかっていうところを実証しようとしないっていうかさ。そこら辺に対しての可能性を探ろうとしない部分。目をそむけてる感じ。
浜:じゃあさ、例えばカズが、日本を変えようというプランニングをする立場にあったらば、何を自分でやってみたいなと思う?
和:…・・話すしかないなって気がする。色んな人とね。極端な話になっちゃうけど。
それで、あなたがこうしてやっているようなことをすごく良いことだと俺は思うんだけども。
結局、自然に来ると思うんですよ。社会としての成熟性みたいなものは。
今、日本も新たなステージを迎えてる気がすごくするし、自分がいくらぐだぐだ言ったところで変わらなかったところが、ここ数年前から自然と変わって行く感じがするから。
個人としてどうするかってなった場合に、教育を変えるとか社会システムとか言い出すのは簡単なんだけどさ、じゃ、どうやってやるの、みたいな話になってきちゃうわけじゃないですか。
そんな言い方してもしようがないから、常に議論していくっていうか、問い掛けることを恐れないでいくということが重要だと思いますね。今、政治家が出来る事とかそういうことではなくて、個人として色んな人が出来る事、やっぱり常に目をそむけちゃいけない。
自分が仕事していてそういうシステムの中で生きていかなきゃいけない場合に、やっぱりそこで戦うか戦わないかみたいなのがみんなあるわけで。そこで自分の信念に対して正直になりたいというかそれしか出来ないっていうか・・…そういうことだと思う。
もちろん、そういう道にはつらいことが待ってるけど、それをやるかやらないかでしょ、国家なんてさ。
1人1人がどれだけ信念を持って動くかに全てがかかっている。
いくら概念として色々なシステムの導入だとかいったところでそれは決まりでしかないっていうかさ。個々の思想、生き方が国家を民族を形成していく。
それが最終的に世界を形成していくんだろうと、僕は思っているけど。
世界が1つになるっていうのは絶対に来ることだと思ってるし、その時に最終形の1つの世界の人格っていう、地球としての人格みたいなものが出来上がる時が来ると思うのね。
第1ステ−ジとして。その時にどういう人格にするかっていうプログラムインスト、そこんところが今、一つ一つの国家としてある色んな国が持ち寄って形成されていくものだと信じているわけ。
その中に、日本のプログラムっていうもの?
絶対に素晴らしいものがあるわけだからそれは組込むべきだと思うわけ。それは何故かっていうと、結局、そこら辺がこれからの地球の人格…っていうか…・・
浜:在り方、みたいなもんだよね。
和:そう。
それを形成していくわけで、その中で自分達の子供が育っていくと考えた場合に、どうあるかということ。
思想を残すということが重要。
浜:地球という全体がこれからどんどん1つになっていく、と。
その中で日本人が日本人にしか出来ない思想をきちんと残すべきだ、と。
和:残すべきだっていうのは、俺はそれが良いものだと思うからね。例えば自分に良いものがあるんだったら、それを提示したいという…。
浜:議論をし、色んなことに向かっていくんだけども、最終的に、日本人としての自分日本としての国は、じゃあ、どうなればいいかという理想はある?
和:全く違う価値観を、何千年も続いたところに持ってきて、違う神様になっちゃったという感じがすごいしてるんですよ。
例えば、明治維新に色んなものが入ってきたというのが第一波だと思ってるんだけど、その頃は、確立された日本のアイデンティティが存在していて、それに対して西洋の文化が入ってきたから、その当時は西洋のものも確立されたものとして残ってる。
輸入するんだけど、完璧な形として輸入されているんですよ。
それが第2次世界大戦以降、戦争に負けたっていうことで、日本人としてのアイデンティティを全否定されてしまったために、どんどん融合していっちゃったっていうか、中途半端なものを生み出していってるじゃない?西洋のものでもないけれど、日本のものでもないという。
それは良いことだとも思うんだけど果たしてそれが、レベルというか完成度という部分でどうなのかっていうと、非常に大きな疑問が残るようなものしか作り出されていないという現実が今、あるわけじゃない。
全てが曖昧でグレーな、中途半端なものしか出していけないっていうか。自分が何か強いことを言おうと思ったら、それなりの裏打ちがいるじゃないですか、生きてきた人生だとか。それが無いわけですよ。
信念っていうか信じるよりどころが無いという感じがすごくある。よりどころが無いから強いことも言えないし、何を信じていいかも分からないんだもん。
いわゆる国家の象徴である天皇というのがあっても天皇でさえ、象徴でさえ肯定してはいけない国なわけじゃない?天皇制がどうのこうのっていう以前の問題で。
それで神もいない、先生もいない、
浜:こわい親父もいなくなっちゃったしな。
和:何故それが起こるかっていうと、統一されたアイデンティティというか、イデオロギーが無いわけでしょ?
イデオロギーがあるということ自体が第2次世界大戦の時の軍国主義と直結させられちゃってさ、結局全体的に思想を持つことすらいけないことっていう風潮じゃないですか。
浜:そうだよね。
和:そこですぐにストップがかかってきちゃうから、自分達は自分達で何かを考えるってことをあんまりしないじゃないですか。それが国家として、形としてはすごい平和で素晴らしいんだけども、それが、さっきの生き方というところとすごく似てるんだけど、国家としての生き方っていうのもあると思うわけ。
生き残りだけでやるのかそれとも何かを残していくのかっていう考え方。結局、何かを残して行くやり方の方か強いわけですよ。アメリカがそうであって、人間はそこに魅力を感じるわけ。
絶対的に魅力があるわけじゃない、そっちの方が。だからアメリカに人が 集まっていく。
国家としての生き方をしているわけだから、当然魅力があるもん。
結果としてもその辺で、経済的にも強くなっていくわけじゃないですか、有能な人材が集まってくるわけだから。人間としての魅力も大事だし、国家としての魅力も すごく大事なわけ。それが日本には無い。
日本に生活するには確かに安全だし、機能してるし、こんなキレイなところは他に無いし、そこら辺が素晴らしいと僕は思うんだけども、魅力は感じない。
浜:さっき言ってた、明治維新以前に日本が持っていた、大事にすべきだ、というところは?
和:だから、武士道の世界ですよね。言葉にすると変な捉え方されちゃうんだけど、サムライの心ってことではなくてね。
神様がこう言ったからこうしなきゃいけないっていう考え方が日本には無くてさ、それは素晴らしいと思う。他の国ってのは神様がこう言ったからやってはいけない、とかこれをやると地獄に行くからやらない、とか。
ってことは自分自身で考えてないってことじゃない?善悪を。
でも日本人ってのはそうじゃなくて、天皇制は導入されても、天皇が言ったからというのは第2次世界大戦の時だけで、それ以前は、人に悪いことはしちゃいけません、人に迷惑はかけちゃいけませんベーシックなところの道徳観念を誰に教わったわけでもなく、親が教えてる、おじいさんが教えてる、ひいおじいさんが教えてる、というふうに脈々と続いていく道徳観が、最終的には自己犠牲まで厭わない程のところまで研ぎ澄まされて、高められていっちゃったわけじゃない?
人の為に死ぬとか信念の為に死ぬとか、宗教でもないのにそこまで国家として1つにまとまっていくという価値観、道徳観というのは他の国には皆無だと思いますよ。中世の騎士道とかにもそういうところはあっ    たのかも知れないけど、やっぱりバックボーンにキリストの姿が見え隠れするじゃないですか。
日本人にはそれが無くて、日本人であるから、人間であるからこうなんだ、という理屈じゃないところでの道徳観ていうのはすごい。
再生するのは難しいし、崩されていってるけども、それは僕は提供出来ることだと思う。
浜:世界にね。
和:それは本当に素晴らしいことだと思う。人間であるからこそ人間らしく。
もちろん定義は色々あるけど、いわゆる誇りというか、尊厳ですよね。
そこが確実にキープされているというところは世界に稀に見ることで。
浜:その辺は自信を持って…・
和:うん。自信を持ってお届けします。
だって無いんだもん。
鉄腕アトムとかさ、自分の中にそういうプログラムを持ってるわけじゃない。
それに近くて、血の中に入ってるプログラムみたいなものでさ、セーフティーロックがかかるみたいなさ。
浜:そういえば鉄腕アトムってかなりそういう武士道チックなとこあるね。
なるほどね。
和:だからそれだけ人気があるわけですよ。魅力的だもん。そう在りたいと思うし。
みんなそう在りたいと思うよ。人の為に、人にやさしくする、困っていたら助ける、最終的には人の為に自分をも投げ打っていくっていうさ。それは世界共通だと思う。
そしてそれを一番出来てたのが日本ではないかなって感じがする。こんな堂々と言っちゃったら他の国から文句言われるかもしれないけど。
浜: オレもオレも、みたいな(笑)。なるほど。良く分かりました。
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